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子育てをどうする?
370753 哺乳類は「遊びのなかで制御できない状況を意図的に作り出している」
 
匿名希望 21/09/22 PM07
『わたしは哺乳類です』著リアム・ドリュー −第8章「夫婦が先か、子育てが先か」−から要約。

■哺乳類の遊びの意味
 哺乳類はみな遊ぶ。カンガルーもクマもラットも格闘遊びをする。有蹄類はぶつかり合いをする。オオコウモリは追いかけっこをする。おおざっぱに言えば、もっともよく遊ぶ哺乳類は霊長類やゾウ、クジラ、有蹄類、食肉類のように、大きな脳を持つ傾向がある。
 ハーバート・スペンサーは1872年、遊びは温血動物が過剰なエネルギーを発散するためのものだとする説を唱えた。それに対して、カール・グロースは、1898年に遊びを通じて成体になった時の重大行動を練習し、鍛えているという説だ。一日一日の遊びは余分なエネルギーを消費するためのものでも、その活動の究極的な機能は、うまく生き延びられる成体をつくることにあるのかもしれない。
2001年にマーク・ベコフ、マレク・スピンカ、ルース・ニューベリーの三人が遊びの統一原理は予期せぬ出来事に備えることにあるとする説を唱えている。彼らの主張によれば、哺乳類はしばしば、「遊びのなかで制御できない状況を意図的に作り出している」という。あえてバランスや姿勢を崩したり、感覚情報の取得という点で不利な状況に身を置いたりすることで、そうした制御できない状況に慣れることにあるという。この説の根底にあるのが現実世界の予測不可能性。捕食者や獲物や生殖上のライバルは様々な形態で現れ、予見できない行動をとる。不規則な地形の時や、事故がおこることもある。「自分にハンデを課す」タイプの遊びは、子がより臨機応変な成体になることを助けているとも考えられる。遊びの一環として制御できない状況をつくりだせば、危険な状況でも過剰反応を起こしにくくなる可能性もある。安全な状況の中で遊びながら、その状況に屈するスリルとそれを克服する喜びを味わうという要素が、「楽しむ」というとらえどころのなに遊びの特徴を生んでいる可能性もある。
(要約以上)
――――――――
哺乳類の遊びはあらゆる危機に対応するための練習。
生きていく上では必要不可欠。
「遊びのなかで制御できない状況を意図的に作り出している」となると、本当の危機的状況も楽しんでいるのかもしれない。
 
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